愛光学園

60周年特別企画ページはこちら

WWW を検索 愛光学園サイト内を検索

チュータ日誌

チュータのひとりごと 第352回(利他 ―― 極楽と地獄(2))

|

人間がこの世で生活する以上,都合のよいことも都合の悪いことも起こる。それは日頃の心遣いの結果であると言われればそれまでだが,人間生活は,常に理想的な生き方ができるほど単純なものではない。ただ,自分の周りに現れる事象をしっかりと捉え,心を正そうとする気持ちがあるかどうかで,人生は大きく変わるものだとわたしは考えている。自分に都合の良いことの場合は,誰でも喜んで通ることができる。しかし,不都合な困難が起こった時に,どのような心遣いをしながら,その困難を乗り切っていくか,ここに人間の運命の分かれ道があるような気がする。

つまり,自分に都合が悪いことが起こっている時こそが,運命の切り替えができるビッグチャンスであるという考えである。世間でよく言われるように,「節から芽が出る」のである。

個人的な話で恐縮であるが,わたしの場合も,人生においていくつかの苦難に出会った。最初の苦難は,結婚後にやってきた。長男が,出産直前に亡くなるという実に厳しい運命に遭遇した。わたしの家系は男子が短命に終わることが多いと,父親から聞かされてはいたが,まさか,自分に降りかかってくるとは夢にも思わなかった。わたしたちは,その時に,何をなさねばならないかを真剣に考えた。そして,出した結論は,子供が育たないというのは,木で言えば,枝葉が育たないということではないか。枝葉が育たないのは根に栄養が足りないからである。木の根は家で言えば,大元となる両親や祖父母のことではないか。この根にこやしをやらなければ,枝葉は育たない。だから,親が喜ぶことを一つでも多くさせてもらうことが必要ではないかというものであった。

東京から松山へ帰ってきた理由を一つだけ挙げるとすれば,親孝行であった。この判断が果たして正しいものであったかどうかは,神のみぞ知るところであるが,愛光への奉職が決まる経緯が実に不思議の連続であったことから察すると,間違った判断ではなかったように思える。

人生には,苦難と思われることがしばしば起こる。それが,なぜかと考えることも必要である。しかし,それ以上に,その後をどのような心を持って生きねばならないかということを考えるほうが重要ではないか。しかも,その生き方にはチャレンジの精神が必要であり,その道を歩む時に,一筋の光明を見つけることのできる積極的な明るい生き方でなければ,節から芽は出ないであろう。暗闇の中で新しい芽を腐らせてはならないのである。


2013年1月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

アーカイブ

カテゴリ

All Rights Reserved Copyright AIKOU educational institution