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チュータのひとりごと

チュータのひとりごと 第201回 学園関係物故者追悼式

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学園関係物故者追悼式

11月17日(土)の午後1時から「学園関係物故者追悼式」 が井原彰一神父様(ドミニコ修道会司祭,聖マルチン病院診療内科部長)をお迎えし,父母の会副会長,同窓会会長, ご遺族の皆様が参列し,全校生徒も参加して,おごそかな雰囲気の中で執り行われた。

 

司祭入場の後,学校長挨拶の場で,わたしは次のような挨拶をした。

 

創立から55年が経過しようとしています。本校の第1期生は現在67歳を迎えています。67歳と言えば, まだまだ若い年齢だと思うのですが,残念ながら同窓生のみならず,旧教職員,さらに, 学園に深く関係する方々でこの1年間にお亡くなりになられた方がいらっしゃいます。 ご逝去されたすべての学園関係の皆様のご冥福を願って, 4年目を迎える追悼式を今年もこのように盛大に行うことができることを感謝しています。

 

故人を追悼するということは,故人のご冥福をお祈りするだけではなく,故人がこの世で歩んだ足跡や, この世に残してくださった業績に対して,深い敬慕の念を示すことであるとわたくしは考えています。その敬慕の念こそが, 愛光文化の伝承となると信じるからであります。

 

 また,この世の中に生かされ,生きているわれわれが, 扉を開いて新しい世界に向かってチャレンジする決意を故人に対して表明し,故人の御霊(みたま)に喜んでいただく場が, この追悼式ではないかと述べて始めのことばといたします。

 

わたしはこの挨拶の最後の部分で,「この世の中に生かされ,生きている」という表現を使ったが, その思いはこうである。

 

人間は寿命がくれば,どんな人でもこの世の中に別れを告げなければならない。よく考えてみると, わたしたちが勝手気ままに使えるように思っている自分の身体は,自分の持ち物であるようで,実際には自分のものではない。 この世から去れば,身体は自然にもどさなければならない。このように考えると, 人間の身体は何か偉大なる存在から借り受けたものであるように思えてくるのである。身体を借りてこの地球上に存在していると考えると, この世の中に生かされているという考え方が理解できる。これに対して,人間の心は自分の経験の範囲内で思うように使うことができる。 すると,生きているという能動的な考えが可能であるように思われる。

「生かされ,生きている」と表現したのには,上記のような思いがあったのである。

 

お知らせ

今年の「チュータのひとりごと」は今回が最終です。新年は1月13日(日)から開始いたします。

2013年1月

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