式辞
愛光学園第61期生の皆さん,本日の入学おめでとう。
―― 一部省略 ――
今,皆さんの瞳はキラキラと輝いています。その瞳が愛光生活6年間,さらにはその後の人生で輝き続けるために,今何を考え,何をなさなければならないかということを述べて,皆さんの新しい出発への門出の言葉にしたいと思います。
まず,皆さんが,これまで,ご家族や周りの人たちから計り知れない恩恵を受けて育ってきたということについて触れてみましょう。皆さんが赤ん坊のとき,お母さまから昼夜の別なく授乳されたこと,幼児期の休日に熱を出して救急病院に連れて行ってもらったこと,幼稚園や小学校の運動会,参観日等に,ご両親や祖父母に参加してもらったこと,また,小学生の頃から塾へ通うため,夕食をゆっくりとる時間がなく,途中でお母さまの手作りの弁当を食べた人もいるのではないでしょうか。さらには,勉学の合間,お父様に温泉につれていってもらい,背中を流してもらった経験のある人もいることでしょう。中には,家庭でお父様やお母様に勉学を教えてもらった人もいるかもしれません。数え上げれば枚挙にいとまがないほど,様々な恩恵を受けてきて,今日の入学式があるのです。
愛光学園に入学できたのは,皆さん一人の力ではないことを,本日しっかりと心の中に刻んでほしいと思います。
新入生の皆さん,この入学式が終わった後に,ご父母,そしてご家族の皆さんに,「愛光学園に入学させてもらって,ありがとう。」という感謝の気持ちを伝えることを忘れないでください。皆さんの愛光生活のスタートは,保護者,家族の方への感謝の心であってほしいのです。そして,これから後,お世話になるすべての人たちに対する感謝の心を忘れない限り,学園での充実した生活を続けることができると,申し上げておきます。
さらに,わたしたち愛光学園に係わる者が感謝の気持ちを忘れてならないのが,61年前に愛光学園創設に貢献した愛光学園創立者の聖ドミニコ修道会シルヴェストレ・サンチョ管区長,ヴィセンテ・ゴンザレス初代理事長,そして先ほど朗読した「われらの信条」を作成した田中忠夫初代校長に対するものであります。
昨年の2月18日,天皇陛下の心臓バイパス手術の執刀医となった心臓外科医,天野(あまの)篤(あつし)順天堂大学医学部教授が,『一途(いちず)一心(いっしん),命をつなぐ』という著書の中で,イタリア人男性の難しい手術に臨み,手術のタイムリミットが迫る中,次のような思いを綴っています。
――自らを励ますように心の中に思い描いたのは,自分を支えてくれる人たち,これまで出会った大切な人たちだった。亡くなった父,家族,お世話になった人たち,患者さん.. .。その人たちの名前を1人ずつ思い浮かべ,心の中で念じた。「今,力をくれ!」
ほんの少しでいい,みんなの力を与えてほしい。この指先に送ってほしい。最後の一歩を手伝ってほしい。そうすれば,きっとうまくいく。この砂地獄から脱け出せる。そう思ったのだった。
手術をしているのはこの自分だが,僕自身は常にいろいろな人に支えられて心臓外科医をやっている。支えてくれる人たちの思いは僕の力になり,そしてその力が,最終的には手術で患者さんを救うことへと集約される。
そんな祈りにも似た思いを抱きつつ,指先に魂を込めた。次の瞬間,指先がようやく目指すべき場所を探り当てた。――
と,その時の思いを記しています。
わたしはこの部分を読んだとき,涙がとめどもなく出てきて,止まりませんでした。
天野(あまの)篤(あつし)教授の家族,仲間,あるいは手術に係わった患者さんたちへの感謝の気持ちが不可能を可能とする世界へと彼を導いたことに気付いたからです。周囲の人々への感謝の気持ちが,次のステップアップへと向かう気力と活力になっていることは,誰の目にも明らかなことであろうと思います。当たり前だと思う気持ちを持っていたのでは,新しい意欲は湧いてこないのです。
このように,感謝の気持ちが次への意欲を生むのではありますが,それだけでは十分とは言えません。次に必要なのは,自分のやりたいことを決めたら,最後までやり遂げる意思の強さと情熱をもつことです。入学の時点で,すでに将来の夢や目標を決めている人も,かなりいるのではないでしょうか。
昨年度,わたしが中1生と面談した結果では,医学部を目指す生徒が多いと感じましたので,医師を例に挙げてみましょう。
先ほど紹介した天野篤教授は,同じ著書の中で,医師について,こう述べています。
―― 「勉強ができるのだから,医者にでもなれば」と言われて医学部に入る。そんな連中は実際たくさんいるが,そういった動機で医師を目指すべきではないと思う。医師という仕事を選ぶからには,それ相応の志や使命感といったものが,絶対に必要だと考えるからだ。「患者さんを救いたい」「人の役に立ちたい」「医療を通して,みんなに貢献したい」「とにかく好きだから,この道に進みたい」。そういう熱い思いを持つ者だけが,医師の仕事に就くべきだと僕は思っている。――
さらに,「はっきりいうが,医師としての志や使命感のない者は,医師になってはいけないのだ。」と,断言をしています。
天野教授の言葉は,何も医師に限ったことではありません。「世界的教養人」として,また,「愛と光の使徒」として,世の中で様々な仕事につくには,「人の役に立ちたい」「みんなに貢献したい」「好きだから,この道に進みたい」という強い気持ちを持たなければならないということであります。
この会場に集う,入学生,教職員,そして保護者の皆さんが全員,「人様に役立ってこそ人生」と強く思っている人たちであると,わたしは期待し,そのように信じているのです。
入学生の皆さんは,愛光在学中の6年間で,世の中にどのような形で貢献していくのか,その歩むべき道を見つけてほしいとお願いをしておきます。
それでは,本校の教育について触れましょう。本校では,特に深い知性と高い徳性を磨くことに力を注いでいます。
深い知性をどのようにして養うのかと言えば,中高一貫校であることを最大限に活かし,難関大学に各が合う,つまり,難関大学に合格できる実力を6年間かけて養います。その手助けをしてくださるのが,今,皆さんの周りにいる,「人の役に立ちたい」,「好きだから,この道に進みたい」という強い気持ちを持って教師の道を選んだ情熱あふれる先生方の集団です。さらには,夢の実現に向けて共に励まし合う友人も,皆さんの知性を養うのに大切な存在となります。
それでは,高い徳性はどのようにして養うのでしょうか。本校では,特に,CLE(クリスチャン・ライフ・エデュケーション),つまり,「キリスト教生命教育」の時間に宗教教育,道徳教育を行い,神父様から宗教的倫理観を学び,「人が人として踏み行うべき道」について,手ほどきを受けます。ただ,この徳性は,学校で学ぶだけでは十分とは言えません。家庭や社会で学ぶ人間としての道徳も重要な事柄なのです。この点におきましては,ご家族の皆様のご協力をお願いいたします。
親と子と先生が教育において,心を合わせる,これを教育の三位一体と言いますが,これは特に,この徳性を養う際に必要不可欠であると言えるでしょう。CLE(クリスチャン・ライフ・エデュケーション)は,直接大学入試に結びつく授業ではありません。しかし,精神性を尊ぶという点では,本校で最も重要な授業の一つと言っても過言ではありません。
皆さんが目指す人間像は,以上の話で何となくイメージできたのではないかと思います。世界のどこの大学に入学しても通用する深い知性と,世界のどの分野に出ていっても恥ずかしくない高い徳性を養うために,皆さんは,この愛光学園に入学したのであります。
東京大学,国公立大学の医学部をはじめとする難関大学に合格するということは,このような人物を目指した結果,手に入る栄冠であってほしいのです。
そして,知的レベルが高いだけではなく,誠実で謙虚であるという,人間の最も大切な素養が身についた人物に育ってもらいたいのです。
皆さんは将来,全員が社会の良きリーダーを目指す人たちです。社会のリーダーは,「世界的教養人」そして「愛と光の使徒」,すなわち,愛と光を伝える人でなければなりません。
元スターバックス コーヒー ジャパン 株式会社のchief executive officer (最高経営責任者)の岩田松雄氏は,「リーダーシップとは生まれつきのものなどでは決してない。誰でもリーダーになれる素質をもっている。」と語り,さらにアメリカの経営学者であるジェームズ・C・コリンズ氏の言葉を借りて,「リーダーにはカリスマ性の有無は全く関係ない。むしろ,謙虚さを持っている。何かがうまくいったとしたら,『それは運が良かったからだ』『部下が頑張ってくれたからだ』と受け止める。逆にうまくいかなかったときには,『すべて自分の責任だ』と捉える。そうした謙虚な姿勢を持ち,人格的にも優れたリーダーが水準の高いリーダーである。」と述べています。
また,岩田氏は「人を動かすより,まず自分を動かせ。努力をすれば,必ず報われる。」とも述べ,自らがこつこつと努力を続けることの大切さに触れています。
ここにいる61期生,一人ひとりが持つ夢や目標は異なりますが,それぞれの世界でリーダーシップを発揮するために,全国から集まった友人を宝とし,共に努力を重ねてくださることを強く願っています。
61期の皆さんの今後の健闘を心から祈っています。
ご父母の皆様に一言,ご挨拶を申し上げます。
―― 一部省略 ――
全入学生のご父母の皆様,ご子息・ご息女達は,ご家庭の宝であるだけでなく,日本のいや世界の宝であります。この愛光の丘で,親と子と教師がともに力を出し合い,教育の三位一体が実現できるよう,皆様方のご理解とご協力を心からお願いして,式辞といたします。
平成25年4月8日 愛光中学校 校長 中村 道郎