「学校生活が充実していて楽しい」、これは生徒にとって、この上なく大切なことである。
わたしは機会あるごとに、「まず、学校生活や寮生活は充実していなければならない。この状況を妨げるものが、いやがらせやいじめであっては断じてならない」と生徒たちに伝えている。
人間は他の人間とかかわらずに生活を送ることは不可能である。生徒たちは愛光生活の6年間、あるいは3年間で様々なタイプの仲間と出会う。そして、その仲間によって鍛えられ、支えられるのである。
「受験は団体競技」だと常々述べているが、人生そのものが仲間との団体競技だと言ってもよいような気がしている。
日本の教育で最も欠けているのは、「相手の立場に立って物事を考える」ということであると指摘されてきた。仲間同士で相手の立場に立って物事を考えるということはどのような行動を意味するのか、それは自らが考え、実行することである。
「やっただけが返ってくる、だから人生は面白い」と常々口にしているが、世の中は「原因と結果」の法則で動くと言われている。
大学入試だけで考えると、厳しい勉学が原因となって合格という結果が現れることになるが、人生全体で考えると「原因と結果」はそれほど単純ではない。
アインシュタインの「We exist for our fellow-men.」(人間は他人のために存在する。)、そして、ヘレンケラーの「Life is an exciting business and most exciting when it is lived for others.」(人生は胸躍るものです、最もワクワクするのは人のために生きる時です。)という考え方が、人生に理想の「原因と結果」を生み出すのではないかとわたしは考えている。
そして、「感動、喜び、いきいきわくわく」が人生のチリや芥を寄せ付けず、人生をより豊かにしてくれるキーワードだと思い、スピーチの時によく使う言葉としているのである。
と言っても、いつも「感動、喜び、いきいきわくわく」で暮らせるわけではない。大きく外れることもあろうが、頭の中にこの言葉をしまっておけばよい。そして、1日のどこかで取り出していけば、いずれ徳分を増す運命の道に踏み出せるに違いない。宿命はどうしようもないが、運命は自らが切り開くものであることを生徒に伝えている。