チュータ日誌

(2026/06/28)チュータのひとりごと 第839回(注意を受けた思い出)

 幼稚園から始まる児童、生徒、学生の時代に、様々な立場の人たちから注意を受けた経験は誰にでもあることだと思う。
 私は瀬戸内海に浮かぶ松山市の「興居島(ごごしま)」で生まれ育った。高浜港からフェリーで15分のところにある「由良港」の真ん前にわたしの自宅はあった。
 わたしの時代には幼稚園はなかった。小・中の時代に先生方からどのような注意を受けたか思い出をたどってみたい。
 小学校時代、掃除は誰もが真面目にやっていた。濡れた雑巾を持ち、廊下に並んで、誰が一番早く廊下の端まで到達するか競ったものである。
 わたしが通った「由良小学校」の2階の廊下は木でできていて、ところどころ節があり、ほんの小さな穴が開いている箇所があった。掃除の時間中、数人の友人と一緒にこの穴から水をたらしてみようという相談をした。その穴の下が1階のどのあたりに当たるのか想像もしていなかった。
 水が下に落ちるということは確認できたのであるが、何とこの場所が職員室前の廊下であった。水をたらしていると、まずいことに職員室から出ていらした先生の頭に水滴が当たったのである。
 ただちに校長室に呼ばれ、一列に並んで注意されたことが小学校時代の強烈な思い出として残っている。
 中学の思い出は島の中央に位置する「興居島中学」で、第1回目の中間考査の初日のことである。
 前日までに考査の準備はできているという小学校時代の甘い考えから、朝からグラウンドでソフトボールをして遊んでいた。
 すると、突然、グラウンドに面している校長室の窓が開き、「こちらに来なさい。君たちは中間考査の直前にソフトボールをする余裕があるのかね。」と質問を受けた。
 その時に、「いえ、ありません。」と答えたことだけを記憶している。このことがあって以降、考査当日にグラウンドに出ることはしなかった。
 もう一つ、記憶に残っている出来事がある。
 中学の夏休みに感想文を提出する課題があった。
 2学期が始まり、感想文を提出する前に、友人の一人から感想文を見せてほしいと言われ、「いいけど、感想文やから、同じにならんように気をつけてね。」と伝えた上で手渡した。
 後日、授業中に、「全く同じ感想文が2通出ている。これはどういうことか。」と担当教諭がクラスの生徒の前で尋ねた。自分のことではないと平然としていたら、友人の名前とわたしの名前が続いて呼ばれびっくりした。
 後で、「感想文が同じになるわけがないじゃないか。気をつけてと言ったはずだよ。」と友人に伝えたが、友人は全く気にかけている様子はなかった。
 今、思い出すとなつかしい思い出として残っているが、その当時は、学校長や先生方から注意を受けるということは、とんでもなく緊張することであった。
 「叱られたのではない、守られたのだ」という言葉は叱られた瞬間に思いつく言葉ではない。しかし、結果的にみるとなるほどと思える言葉である。

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