卒業式の式辞の一部を2回に分けて掲載します。
一作年10月の愛光学園創立60周年記念式典において,「世界的教養人」と「愛と光の使徒」について触れましたが,記念すべき卒業式となるこの機会に,このことについて,もう一度触れておきましょう。
「学校長の役割の中で最も大切なことは何か。」と問われたとき,わたしは迷わず「建学の精神を生徒,教職員,ご父母,そして同窓生に伝えること」と答えます。
愛光学園の設立目的は,
「カトリック精神に則り,カトリック聖ドミニコ修道会の教育方針に従って,世界的教養人を育成すること。」であります。
初代理事長ヴィセンテ・ゴンザレス神父様が創立にあたって,初代校長田中忠夫先生に次のような期待を寄せています。
―― 学校設立の根本的精神について,カトリックの精神に則り,ドミニコ会の精神に従って,道徳的な点に力を入れて,新時代の日本にふさわしい全人教育を青年たちに与えるということ。このことを学校の基本方針にしたい。――
この初代理事長ヴィセンテ・ゴンザレス神父様の強い思いを受けて,初代校長田中忠夫先生が,「われらの信条」を起草したことは容易に想像できることです。
「われらの信条」の中に謳われている世界的教養人とは,一流の難関大学にも入学し得るような深い知性と,世界のどこへ出しても恥ずかしくないような高い徳性を備えている人物であります。
「われらの信条」は特に知性と徳性の二本柱を立てて築き上げてきた愛光学園の歴史そのものであり,今後も変わることのない教育理念でなければならないのであります。その際に初代理事長ヴィセンテ・ゴンザレス神父様がおっしゃったように全人教育が基盤になければならないことは言うまでもありません。
深い知性の面では6年間,あるいは3年間,皆さんの一人ひとりが主体的に学ぶ姿勢を堅持しつつ,各教科の先生方にしっかりと鍛えてもらいました。
また,高い徳性の面でも,神父様や学級担任,そして教科担当の先生方,さらには,ご父母をはじめとするご家族のよき導きによって,宗教的倫理観及び世俗的倫理観が磨かれてきたことと思われます。
わたくしも,皆さんの中学1年次に,週に1時限ではありましたが,英語2を担当し,チュータブック,パワーポイント,そしてキーボードを用いて,リズムで学ぶ英語を中心に学問の基礎の手ほどきをし,皆さんの知性の一端を磨かせていただいたことが,つい昨日のように思い出されます。
また,徳性を磨くという点でも,始業式や終業式,さらには入学式,卒業式等で様々な話をしてきました。
さて,今日の卒業式という記念の日に,皆さんの人生をより豊かにするということに少しでも役立つのではないかと思い,「選択,つまりオプションが人生に大きな違いを生む」という話をしてみたいと思います。
「ポジティブ心理学」の若手の第一人者である,タル・ベン・シャハ―氏は著書,『ハーバードの人生を変える授業』の中で次のように語っています。
―― わたしは問題を解決せずに,ただなんとかやり過ごそうとしていました。そうして眠りにつこうとしていたまさにそのとき,ある思いが湧いてきました。
「待てよ,そうじゃない。『なんとか時間をやり過ごす』なんてしなくていい。わたしは『選ぶ』ことができるんだ!」
これからの3日間をどう過ごすかは,まったく自分しだいだということに気づいたのです。
ただ苦しみながら研修をどうにかこなすこともできれば,熱心な参加者からエネルギーをもらいながら,思いをこめて用意したプレゼン資料を提示し,教育を通して世界をよりよいものに変えていくという自分のミッションに沿って講義をすることもできるのです。
つらいと嘆きながら過ごすのか,エネルギッシュに仕事に没頭するのか。
どちらを選んだほうがいいのかは思いわずらうまでもありませんでした。
いったん選択をすると,わたしの焦点は変わりました。
焦点が変わると,気持ちも変わります。
ほんの数分前までは重苦しさを感じていたのに,明日からの研修が本当に楽しみになっていました。
うち側から力が湧いてきて,最終的には,自分の人生でいちばんというほどの熱いレクチャーを行うことができました。
自分には選択肢があるのだと気づくと,わたしはすぐに決めることができましたが,それに気づくまでが大変でした。「選ぶ」ためには,「選ぶことができる」と心から感じる必要があるのです。
実際,わたしたちの人生は,どんなときにも選択肢で満ちあふれています。――
と述べています。
皆さんはすでにこれまでの18年間に,数多くの選択を経験し,今日があるはずです。たとえば,小学6年生で愛光中学を受験するかどうかの選択をした結果,本校に在籍しているのです。公立中学へ通学する選択肢がある中で積極的に愛光中学を選んだはずであります。私立中学受験を選択することによって,自らのやる気を増幅させたのではないでしょうか。
今日この時,すでに前期試験にチャレンジし終えている皆さんは,第1志望校を決定するときに選択をしました。皆さんは選ぶことができる状況の中で志望校を選択したのです。その選択の折には燃えるような強い思い入れがあったはずです。
入学してからの皆さんの6年間,あるいは3年間も,実は選択の連続だったはずであります。
学問の面だけ取り上げてみても,様々な選択を通して現在の皆さんがあるのです。
中1入学時に同一のスタートラインに立った英語を例に挙げてみましょう。
最初のうちはNHKの基礎英語を真面目に毎日聞いていたと思います。しかし,そのうち慣れてくると,「今日は聞こうかな,それとも聞かないでおこうかな。1日くらいはいいか。」と選択が始まります。そのときに将来の自分が,例えば,外交官としてあるいは国際弁護士として英語を自由に駆使している姿を想像できた人は,熱い気持ちをもってラジオ放送に耳を傾けたはずであります。自分の夢の実現という熱くなれるものがある時に,人は頑張ることができるように創造されているのではないでしょうか。感受性を豊かにして,熱くなれるものを見つけたときに初めて選択の意味が出てくるのだと思います。
日々の生活の中でも選ぶことはいくつもあります。その選択をするときに,何となく選択するのではなく,このように感じるからこちらを選択するのだという確固たる思いを持って選ぶことができるように感受性を豊かにしておく必要があるのです。