大きな決断をせねばならない選択もあります。どのような仕事につくかという選択はそのうちの一つでしょう。
わたしの経験をお話ししましょう。
わたしの選択は教員になるか,あるいはアナウンサーになるかというものでした。高校卒業当時はアナウンサーになろうという気持ちのほうが強かったと思います。そして,大学で具体的な職業選択の時を迎えた時,どちらにも自分が熱い気持ちを持って打ち込むことができると感じていました。
実は,教師とアナウンサー,この二つの職業に興味を持ったのは,小学生のときの経験がきっかけでした。
小学3年生の頃,担任の先生の採点の手伝いをさせてもらったことがあります。あの丸付けに魅せられたのです。そのおかげで,今でも採点の時の丸の形には自信があります。この経験がきっかけとなり,その後,担任の先生方から折に触れて受けた親身な指導により,教師という職業に関心を持つようになりました。
もう一つの経験は,小学6年生のときに盲腸の手術をし,運動会に出場することができなかったことです。体育担当の先生がわたしにレコード係の役目を与え,加えてプログラムのアナウンスをまかせてくれたのです。これがアナウンスに興味をもった最初の出来事でした。
その後,中学,そして高校生活で放送部のアナウンサーとして活動し,高校放送コンテストのアナウンス部門で全国大会に出場をしたこと,そして,NHKのアナウンサーから直接の指導を受けた感激もあって,高校卒業時にはアナウンサーの道を歩みたいと考え始めました。社会の人たちに自分の声で情報をお伝えすることで世の中の役に立つことができるのではないかと考えたのです。このアナウンサーの道なら身命を投げ打つに値するのではないかとわたしには思えたのです。
身命を投げ打つということについて,感性論哲学の創始者である芳村思風(よしむらしふう)氏が「生きるとは」というタイトルで次のように述べています。
生きるとは
人間において生きるとは,ただ単に生き永らえる事ではない。
人間において生きるとは,何のためにこの命を使うか,
この命をどう生かすかということである。
命を生かすとは,何かに命をかけるということである。
だから生きるとは命をかけるという事だ。
命の最高のよろこびは,命をかけても惜しくない程の対象と出会うことにある。
その時こそ,命は最も充実した生のよろこびを味わい,激しくも美しく燃え上がるのである。
君は何に命をかけるか。
君は何のためなら死ぬことができるか。
この問いに答えることが,生きるということであり,この問いに答えることが,人生である
と述べています。
わたしが身命を投げ打つべき仕事はアナウンサーか,教育か。その選択の決め手となったのは,大学4年時の2週間の教育実習でした。担当クラスの生徒との交流や教壇に立って英語を教えた時の充実感,特に,教員になってまた帰ってきてほしいという心温まる感想文,実習を終えたときにもらった励ましの色紙に大きな感動を覚え,わたしが身命を投げ打つのは青少年にかかわる教育の世界だという思いに至り,教員の道を選びました。この選択は間違っていなかったと自信を持って語ることができます。
あの小説「坂の上の雲」の中で,主人公の一人,秋山好古(よしふる)の言葉に「いかにすれば勝つかということを考えてゆく。その一点だけを考えるのがおれの人生だ。 それ以外のことは余事(よじ)であり、余事というものを考えたりやったりすれば、思慮がそのぶんだけ曇り、みだれる。」という一節があります。
わたしは,英語教育に専念してきた10年前までは,この秋山好古の言葉を一部入れ替えて,「英語で負ければ愛光ではない。だからいかにして全国一をとるかということを考えてゆく。その一点だけを考えるのがおれの人生だ。」そのような気持ちで,英語科の教員として活動してきました。
そして現在は,世界的教養人,愛と光の使徒育成という比類なき建学の精神を持つ愛光学園がミッションスクールとして,また進学校として名実ともに日本に名だたる学校となるよう,生徒,教職員,保護者,そして同窓生の牽引役として変革と挑戦,ChangeとChallengeに向かって努力を重ねています。
これが,わたしが英語科教員として,また校長として熱き思いを持ってした選択であります。
人生で様々な選択を重ねてきた結果,ある生き方に到達するのです。どのような選択であっても軽んずることなく,意識的に熱意を覚える選択をすると,人生が豊かになるのだということを皆さんの心の中にしっかりと植えつけておいてもらいたいのです。
人生では,失敗やつらい出来事,さらには不幸と思える出来事にも必ず遭遇します。八方ふさがりというような事態を経験するかもしれません。
いかなることが起きようとも,次の選択が自分を変えるのだということを信じて,不足に思う心を納め,努力を重ねていくと,いつの間にか運命が開けてくるものです。宿命は選択できませんが,運命は自らの選択によって切り開くものであるということをしっかりと心の中に留めておいてください。その際に,選択は単に選ぶことではなく,選択肢に対して自分がどのような信念,情熱をもって向き合い,心を遣っていくのかということを念頭においておく必要があるのです。
選択,つまり個々の心の遣い方によってそれぞれの人生に大きな違いを生むのです。これから皆さんが,どのような形で社会にかかわっていくかは,それぞれが選択する夢やビジョンによって異なります。どのような場面でも,熱い気持ちで,能動的に心の遣い方を選びながら生きてください。
そして,心の遣い方を選ぶということこそが自分自身と地球の将来を決定すると申し上げて,卒業生の皆さんへの餞の言葉といたします。
今年度の「チュータのひとりごと」は今回で終了いたします。
来年度は4月13日(日)に開始する予定です。