過去のチュータのひとりごと

(2015/01/25)チュータのひとりごと 第445回(年頭挨拶(平成27年1月14日))

 新年おめでとうございます。今年の「チュータのひとりごと」は生徒への年頭挨拶からスタートします。

 年頭の挨拶は毎年放送で行い,放送後,すぐに実力考査が始まります。

(ここからが放送の内容です)

 2015年の新春を迎えました。新しい年が,平和で希望あるものとなることを祈るとともに,新しい年に向かって元気で学習や部活動にチャレンジしてほしいと願っています。

 さて,今年の暦の干支(えと)は 乙未(きのと・ひつじ),動物は羊があてられます。

 干支(えと)の乙(きのと)は甲乙の乙という漢字で,10年で一巡するので,十干(じっかん)と呼ばれています。未(ひつじ)は未来の未という漢字で,12年で一巡するので,十二支と呼ばれていることは皆さんもご存知のことでしょう。

 したがって,干支(えと)は10年と12年の組み合わせですから,60年で一巡することになるのです。

 10年で一巡りする乙(きのと)は,乙という漢字で,「上の物に突き当たって折れ曲がったことを示す」,あるいは「伸びようとするものが押さえられて伸びないさまを暗示させる抽象的な図形」と漢和辞典に書かれています。

 次に,未(ひつじ),つまり未来の未という漢字を漢和辞典で調べてみると, 「木の上に細い小枝がある図形で,枝が十分伸びきらない状態を強調したもの。小さくてよく見えないイメージがある。」と書かれています。

 「伸びようとするものが押さえられて伸びない」乙(きのと)と「小さくてよく見えないイメージの未(ひつじ)」の組み合わせの年を皆さんはどのように感じるでしょうか。

 いずれも,パワーを少しずつ,少しずつ,こつこつとためる努力をする,つまり,「継続とは力なり」,「続いてこそ道」という気持ちで,頑張る年ではないかとわたしは考えています。

 もちろん,高Ⅲ生の皆さんは,これまで蓄積した学習の成果を一気に発揮する年であります。皆さんの最終の追い上げと,自分の持つ力を十二分に発揮することを願っています。

 さて,以前に,皆さんの前で,わたしたちは「生かされ生きている」のではないかと述べたことがあるのですが,ある本の中に次のようなことが書かれていました。

 ――産業界,芸能界,スポーツ界等のある分野で突き抜けた成果を出した人に,「どうしてそんなに頑張れるのですか」という質問を投げかけてみました。

 成功してもなお,懸命の努力を続けている人たちばかりです。ある程度のところまで行けば,少しラクをしてもいいようなものなのに,そんなことはしない。いったいこの人たちの頑張りの原動力は何なのかと聞いてみると,「これが役割だと思っていますから」と言っている人が少なくありませんでした。

 もっとはっきりした言葉で答えてくれたのは,「神様から,お前もなんかせい,と言われて人は生まれてきている。だから,その役割を果たしているだけだ」,という答えでした。

 ある経営者は若いとき,どうして自分は生まれたのか,悩み抜いたといいます。そして,こんな結論を出したそうです。

 「人は生きているのではなく,生かされている」

 世の中で何かの役割を果たすために,この世に送り出された。ならば,その役割を果たすことを考えればいいのではないか。自分に与えられた役割を見つけてみよう。そして,見つけたなら全力を尽くそう。

 そう,気づいたことで,自分はどう生きるべきか,悩み考えていた肩の荷がすっかり下りたのだ。と ――

 昨年のクリスマス祝会のテーマ,「命の輝き」のスピーチで,わたしは皆さんに「命が輝くときは,命をかけても惜しくない程の対象と出会った時ではないか」とお話しました。さらに,「皆さんは何に命をかけるか。その対象を探すのが,ここ愛光学園での学校生活である」とも述べました。

 「人は生きているのではなく,生かされている」とも言えると思いますが,わたしは,「人は生かされ生きている」と受動的な面と能動的な面の両方で捉えたいと考えています。

 この世での生かされている自分の役割を見つけ,生きている自分の運命を良い方向に切り開くよう心掛けてもらいたいと述べておきます。

 最後に,57期高Ⅲ生に申し上げます。

 センター試験の激励(一部省略)

 何が何でも,大学入試という扉をこじ開けて,合格という栄冠を勝ち取ってほしいと述べて新年の挨拶といたします。

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