愛光学園

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チュータ日誌

2009年3月アーカイブ

中学修了式

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 学年末考査が今日で終わりました。

 

卒業式に続いて卒寮式の挨拶を紹介いたします。

卒寮式挨拶

51期高3寮生の皆さん,卒寮おめでとうございます。

「同じ釜の飯を食う。」 この言葉を皆さんの前で何度口にしたかわかりませんが,寮生活はこの言葉につきるとわたしは考えています。

わたしも,昔,4年間,文字通り24時間,生徒と一緒に寮生活を送りました。また,寮生と一緒に,豚や羊の飼育,畑の開墾など,現在では到底考えられないような貴重な体験をしました。この経験が今のわたしの教育理念の一つ,「師弟同行」の原点になっていると言っても過言ではありません。

今年,高3寮生の面談をさせてもらおうと思ったのは,もちろん,皆さんを授業で一度も担当しなかったことを残念に思う気持ちがあったからですが,それよりも,もっと大きな寮訪問の原動力は,新採から4年間,生徒とともに過ごした寮生活の体験でした。

夜中に40度近い熱を出している中学生をおぶって病院に運んだり,中1生と一緒に谷間で飼育していた豚のところへ残飯を運んだり,においがあまりにも強烈で,朝食べた食事をもどしながら豚舎の掃除をしたり,人見知りをする羊の面倒をみたり,2部合唱で歌を歌ってから生徒と食事を共にしたことなど,それらの体験が寮へ向かってわたしの足を運ばせているのだと思います。

この寮訪問は退職時まで続けさせてもらいたいと考えています。年賀状に書いた「続いてこそ道」という言葉は,実践して初めて値打ちが出るのです。何事もそうですが,最低,3年間続けば,「続いてこそ道」と呼べるのではないかとわたしは考えています。

さて,皆さんが卒業して,本校に帰ってきたとき,まず高3のクラス担任のところに足を運ぶと思います。そして,次に部活動の指導顧問のところへ足が向かいます。それでは,その次に皆さんはどこへ足を運ぶと思いますか。

すぐに思いつくと思うのですが,皆さんが足を運ぶのは寮です。

 それはなぜでしょうか。

 寮には皆さんの思い出がいっぱい詰まっているからです。

一生付き合える友人ができた,親の有り難みが分かった,寮はきついが,規則正しい生活ができた,集団の中で規律を学び,自立心ができた,家で前よりもしっかりしてきたと言われる,食事の好き嫌いがなくなった,人間関係を築くのがうまくなった,友人と一緒に入浴できる,中1・中2の大部屋で競争心を持って勉強できた

などの数え切れないくらい素晴らしい思い出が詰まっているのです。

また,夕食で出た肉が噛み切れなかったとか,テレビを見ることができない,風呂と食事の時間が短い,害虫が飛ぶ,みそ汁の具がキャベツだけの時があり,豆腐や他のものまで入れてほしい,通学路が短いために変化がなかった,中には米の研ぎ方が悪いのではないかという指摘など,マイナスイメージのできごとも,時が経過すると,素晴らしい思い出になる可能性を秘めています。

「教育とは卒業後の思い出なり」,寮生活が君たちに残した思い出は,一生の思い出として,燦然と輝き続けることでしょう。

少し話しは変わりますが,わたしは,クラス担任をしているときに,スランプに陥ったり,心配事のある生徒を食事に連れ出すことがありました。ラーメン屋,そば屋,時には風呂に連れて行った寮生もいました。その時に,わたしはあえて,その生徒の悩みや心配事を聞く会話はしませんでした。楽しく一緒に食事や温泉の時間を過ごしたのです。すると,その後の生徒の態度は明らかに良い方向に変化をしました。もちろん,それですべての問題が解決したわけではありませんが,問題解決のきっかけ,そして思い出の一つになったことはまぎれもない事実です。

真剣に相手のことを考えていれば,言葉で表現しなくとも,相手に通じるということを,わたしはこれらの体験から学びました。

つまり誠実さが,なるほどという人間を作り上げていくのだと感じたのです。相手から見て,なるほどなあと思える人間になることができれば,語らずとも人の心を動かすことができるのだと思うのです。

この誠実さこそが,今後,皆さんが,社会に出て,他人との関係を構築するときに最も大切なものであります。誠実さというものは,一見,弱いもののように思えますが,世の中において,これほど強くて長く続くものはないということを断言しておきます。

皆さんが,これから,人生経験を積んで,人を指導する立場になったときにも,ぜひ,同僚や部下に対する誠実さを忘れないでください。また,家庭生活においても,同様に誠実な人間であってほしいということを述べておきます。

ご父母への挨拶(省略)

 今年度の「チュータのひとりごと」は今回をもって終了いたします。来年度は4月12日()に開始いたします。

学年末考査

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 今日は学年末考査、高校部は4日目、中学部は3日目です。
 今朝からまた雨が降っています。グラウンドにひと足早く「桜」が咲いていました。

 先週の土曜日3月7日、この夏オーストラリア語学研修に参加する生徒に

第1回目の説明会が行われました。

学年末考査(第1日目)

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高校部は今日から学年末考査が始まりました。

父母の会全体委員会

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先週の土曜日(3月7日)に父母の会全体委員会が行われました。

卒業式 続編3

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 3月1日(日)に行われた卒業式。

今日は式の後の最後のホームルームのようすをご紹介しましょう。

51期生の卒業式で述べた式辞を紹介しましょう。

(長くなるため,一部省略いたします。)

 

 挨拶文(省略)

 

51期生は,本学園が男女共学化した翌年の,中一生として入学した,男女共学第2期生であります。あれから六年,途中高校で新しき友を迎え,男女共学化した2年目の学年として,学園の期待を担い,藤村学年主任を中心とする高3学年部の指導のもと,立派に育ってくれました。皆さんが積み重ねてきた努力に対して,心より「卒業おめでとう。良く頑張りました。」と申し上げます。この言葉と気持ち以上に付け加えるべきことはないのですが,皆さんの新しい人生の門出を祝う記念の日でありますので,日頃感じることを述べ,皆さんを送る激励の言葉にしたいと思います。

わたしは昨年度の卒業式で,「われわれは,他人のために存在している。先ず,その笑顔や幸せが,自分の幸福につながる人たちのために。そして,次に,その運命が共感という絆で結ばれているすべての見知らぬ人たちのために。」というアインシュタインの言葉を紹介しました。

そして,初代校長田中忠夫先生が雪の降る夜に一晩で書きあげたと言われている本校の建学の理念とも言うべき,あの「われらの信条」にも,同じ意味の言葉が述べられているということも紹介しました。それは「愛と光の使徒たらんこと!これがわれらの信条である。」という「われらの信条」の最後に述べられている言葉です。

この二人の言葉について思いをめぐらしているときに,わたしの頭の中に,アメリカの第35代大統領ジョン・エフ・ケネディーのInaugural Addressつまり大統領就任演説のあの有名な言葉が浮かんできました。それは,And so, my fellow Americans, ask not what your country can do for youask what you can do for your country.「アメリカ市民の諸君,祖国があなたのために何ができるかを問いたもうな,あなたが祖国のために何を行うことができるか問いたまえ。」という言葉です。

また,今年の1月20日に行われたアメリカ合衆国の大統領就任演説で,オバマ大統領はIt is the firefighter's courage to storm a stairway filled with smoke, but also a parent's willingness to nurture a child, that finally decides our fate.「われわれの運命を最後に決めるのは,煙が充満した階段に突入する消防士の勇気であり,また,いとわず子どもを育てる親の気持ちでもあるのです。」とわが身を投げ打つ selflessness つまり,無私の精神について述べています。

このアインシュタイン博士,田中忠夫初代校長,ケネディー大統領,オバマ大統領の4人の言葉には,特に新しい理想が述べられているわけではないのですが,読む者が心をゆさぶられ,感動を覚えるのは,それぞれが真理であり,何としても世の人たちに自分の思いを伝えたいというなみなみならぬ決意のほどが伺えるからではないでしょうか。

それでは,わたしたちがこれらの言葉を受けて何を考えなければならないかということについて触れてみましょう。

四者に共通するメッセージは人間それぞれが,なんのためにこの地球上に生まれてきて,何をなさなければならないかということを考えるヒントを与えてくれているとわたしは考えるのです。

針の先ほどもない小さな点がビッグバンを起こして宇宙が誕生したのは150億年前,地球誕生が約46億年前,そして原核細胞が生まれたのが40億年前,真核細胞誕生が約15億年前と歴史をさかのぼることができます。このように気の遠くなるような歴史の中で人間が誕生するのですが,人間は誕生からこれまで類として,つまり人類としてお互いに助け合いながらこの地球上に存在してきたのではないかとわたくしには思えるのです。

人は一人では生きていけません。もし,この地球上に一人だけ取り残されたとしたらどうなるのかと考えたらすぐに理解できるでしょう。皆さんが毎日口にしているおいしい料理もいやおいしくない料理でさえ手に入らなくなるのです。寮の朝食のパンの量が少ないなどという問題とは全く異なります。パンそのものが手に入らないのですから。

つまり,人間の世の中は助け合わなければやっていけない仕組みになっているのです。人間世界は神様によってそのように創造されているのだと言うことも可能でしょう。

世界的教養人,愛と光の使徒を目指す中で,じゅうぶんに磨かれた知性や徳性を生かして,世のため,人のために尽くしてこそ,初めて,わたしたちが地球上に生まれてきた価値があると言えるのではないでしょうか。

 

中略

 

わたしたちは学問に向かう前に,意識の中にしっかりと植えつけておかなければならないことがあるということです。

それは,全世界の未就学児童数は,1999 年から2005 年にかけて,9,600万人から2,400 万人減少してはいるものの,まだ7,200万人もの児童が学校へ通うことができないでいるという現実です。

そして,全世界の中で何不自由なく勉学に向かうことのできる人間はそんなに多くはなく,自分たち日本人,特に愛光生はこの地球上で非常に恵まれた人間であると認識する必要があると思うのです。だから,自らの恵まれた教育環境に対して感謝の心を持って学問に打ち込み,各自の夢を実現してほしいのです。そうでないと,世界の未就学の児童たちに申し訳ないという気がしてならないのです。

そういう気持ちになったら,今後,皆さんが社会のどのような方面へ進もうとも,人を思いやる人間に近づいていけ,自分が他人に対して何ができるかを考える人間になることができるのです。人の喜ぶ姿を見て共に喜ぶことのできる人間になることができるのです。そのような思いやりと信頼に満ちた人間世界の到来を神様は待ち望まれているのではないかと申し上げて卒業生の皆さんに対する(はなむけ)の言葉といたします。

 

中略

 

愛光学園の卒業生として,深い知性に裏づけされた信念と,清い人生観より生まれる高潔な徳性を兼ね備えた愛と光の使徒として世界に羽ばたいてくれることを期待し,それぞれの道での健闘と幸福を心よりお祈りいたします。

 先週に引き続き、5日(木)と6日(金)、中2理科(担当:佐藤晃先生)の授業で、にわとりの内臓の解剖が行われました。

ブタの心臓の解剖(中2b)

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 先週2月27日(金)の5時間目、中2bの理科(担当:佐藤晃先生)の授業では、「ブタの心臓の解剖」を行っていました。

卒業式 続報2

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 3月1日(日)に行われた卒業式の模様、1日の記事でお伝えできなかったところを紹介します。

 

卒業式 続報1

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 3月1日(日)の卒業式。今日は式直前の卒業生たちの晴れやかな表情をお伝えします。

卒業式 速報

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 本日3月1日(日)13時30分より、愛光高等学校第51回卒業式が挙行されました。

1学期に始めた高3,高2寮生の面談が2月16日の月曜日に終わった。結果として約200名の寮生面談となった。

昨年の4月の職員会議で,クラス担任の先生方に,生徒の面談をできれば学期に1回,年間に3回行ってほしいと述べた。

それからしばらくして,自分にもできる面談があるのではないかという気持ちになり,一度も授業を担当したことのなかったドミニコ寮の高3寮生の面談を思いついた。最初は高3寮生のみと考えていたが,週に3回のペースで進めたこともあって,1学期に高3生の面談が終了した。そこで,ドミニコ寮に在寮する高2生の面談を続けて行うことになった。この面談も2学期に終了したため,続いて,トマス寮にいる高2寮生の面談を行うことにした。その結果,高3と高2の全寮生の面談が2月に終了したのである。

生徒たちと話した内容は,すべて記録として保存している。

「志望大学と将来の夢」,「部活動の思い出」,「寮に入ってよかったと思うこと」,「寮に入ったためによくなかったと思うこと」,「寮の改善点」,「授業を含む学校生活についての要望」,「心に残る思い出」などについて質問をする形で面談を進めた。寮生たちは,わたしの質問に,礼儀正しく受け答えをしてくれただけでなく,各自の思うところを述べてくれた。

質問に対する返答の内容については,来年度の地区別懇談会などでご父母に紹介させていただこうと考えている。

生徒からの今年の年賀状の1枚に,

「忙しい中,面談してくださってありがとうございました。なんだか,とってもうれしかったです。これからもよろしくお願いします。」

と書かれていた。高2寮生からもらった賀状である。

「なんだか,とってもうれしかったです。」

この言葉こそ,わたしが待ち望んでいる言葉である。「よくは分からないが何となく」という,ほのかに温かい雰囲気を生徒たちが感じ取ってくれればよいのである。わたしの役目は担任とは違う。生徒の現在の成績について話すことは決してない。それに,生徒の成績についてはあえて調べてもない。面談をした後,何となくやる気になってくれればよいのである。それ以上のことを,たかが2030分の面談から期待することはできない。

卒業後に,寮生には校長面談なるものがあったなあと,かすかな思い出として残ってくれれば,それで十分であると思っているのである。

この寮生の面談は,退職するまで続けたいと考えている。


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